隗より始めよ

今後はいろいろやり始めます。

Trustless, Trust, Market Design, Decentralized を再考する

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最近勉強会で発表しようとして作った資料が発表できないことが多いのです。開催者としては勉強会が盛り上がってきたということで喜ばしい限りです。一方で、作った資料は発表されずにSpeakerDeckの片隅に眠っているのは可哀想だななんて思うこともあります。

発表資料は作ったその時に発表できないと、内容を忘れてしまうので、ひとまず、資料を作った時点で考えていたことをスナップショットで残すためにブログの記事を作成しておこうと思いました。

TLTR

TLTRを書く日が来るとは思わなかったが、いろいろと調べたので長くなるのは確実ってことで、最初に概略をおいておきます。

仮想通貨・ブロックチェーン業界を見ていると、何かとその人達にとって都合のいい言葉が、当たり前のように使われていたりします。そうした概念が独り歩きして、気づけばトンデモナイ概念になっていたりして怖いなぁって感じるようになっていました。

そんな言葉の一つにトラストレス(Trustless)があります。

普通にトラストレスという単語を考えると、信頼がないという感じです。勉強会でも話題になったのですが、ビットコインはトラストレスだって言葉ありますが、ネットワークだったり端末だったり、そのへんを信用していないと使えないので、何に対するトラストレスか?という部分が疑問として浮かんできました。これはどう理解すべきでしょうか?

そのときに出た意見が良くて「サトシ論文ではビットコインは「信頼できる第三者機関なしに送金ができる」という以上のことは書いていない」とのことでした。

そうですね。確かに書いていない。リバタリアン的なことも書いていない。サトシ論文はブロックチェーンって言葉も書いていない(その仕組はブロックチェーンと現在呼ばれていますが)。

その時他にもいろいろと考えていてふと思いました。信頼ってなんだろう?

そう。信頼という言葉自体、定義があやふやです。そうして、信頼に関して調べだすと、また調べたいことが生まれという感じで、調べたことをどんどん調べていったのがこの発表です。

信頼を調べているとAirbnbの話となり、そこで信頼のデザインという話が出てきました。信頼をデザインする話から市場をデザインする話に至りました。また、市場のデザイン、組織のデザインからよく言われる非中央集権というのはどういうものなのかも、考えてみることになりました。以下では、そのあたりを書いていきます。でも、本を何冊か読んだだけなので、それらについて詳しくというよりはこんな考え方があるから、今後の制度設計に活かせるのではないかなという紹介的なものです。私も今後、実際に計算とかするものを作ってみたいなぁとは思っていますが。

で、今回調べた4つのことから何をしたいのかというと、仮想通貨のおおよその部分の再デザインを行いたいと考えています。つまり、なんか色々なことが起こった仮想通貨市場ですけど、ここで起こっていることをうまく活用すればとんでもないエネルギーとすることが出来、世の中の発展に役立つものであることは間違いないことだと思うんですよね。なんで、今後はこれらを考えて新たな面白いコミュニティーをデザインしたいななんてって感じです。そのためのブロックを今回は集めてみました。もちろん各部分において異論はたくさんあると思うので、書き込んでもらえると良いなーと思います。

ちなみに資料は以下のものとなります。

speakerdeck.com

Trustless

トラストレスは仮想通貨界隈でよく聞かれる言葉です。誰のことも信用しないでも使えるシステムみたいな言われ方がしているように感じられます。

しかし、ネットワークや端末を信用しないと使えないという事実は否定できません。インフラなんかまでを作り変えるとすると、莫大なコストが掛かり、その実現には時間がかかります。

サトシペーパーを参照すると「信頼できる第三者機関の仲介なしに送金できる」という文言はありますが、信頼無しで送金できるとは書いていません。どちらかというと拡大解釈された言葉が、当たり前のように使われているようです。

ビットコインのはじまりからマウント・ゴックスくらいまでを描いた「デジタルゴールド」では、ビットコインのサイトを宣伝するために、仕様や思想をわかりやすくする作業を担当した人があったがことが記されています。初期の発展段階のための宣伝のために選ばれた過激な言葉が、本来の意味からは飛躍したもののそのまま使われているケースが多々あるのでしょう。

一方で、信頼無しで社会が成り立つかというと、それは非常に困難です。

満員電車に100人に一人銃を乱射する人が乗るような社会では、電車に乗りたくないでしょうし(もし乗れるなら1ヶ月後通勤電車はガラガラになること間違いなし!)、信頼を出来ない人と仕事の契約とかしたくないでしょう。

ケネス・アロー(超有名な経済学者)はこんな事を言ったようです。

「 ほぼすべての商取引には、おのずと信頼の要素が存在し、一定期間取引が継続する場合には必ず信頼が存在する」。(中略)「 この世界における経済発展の遅れのほとんどは、相互信頼が欠けていることが原因だと言えるだろう」

しかし一方で一つの疑問が湧いてきました。信頼とは何でしょう???

Trust

信頼ってどんなものでしょうか?

そんな疑問を感じはじめたときに、ちょうど日経新聞の書評を目にすることがあり、まさしくこれだというタイトルを付けた本があることを目にしました。

TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか

TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか

この本では信頼を「既知と未知の間を埋めてくれるもの」としています。これはまぁ一つの信頼の形を取り上げたものであると思いますが、信頼というのはリスクがあったりすることに他の人を飛び込ますものであるなんてことも言っています。

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もっと興味深いのは、社会(技術)の変化とともに、その信頼の形が変化しているということに言及していたことです。もともと、人々は生まれたちを離れずに生活しており、その信頼は地元で形成されていれば良いものでした。

しかし、その後技術の発展により多くの人は都市に出るようになりました。日本でいうと、若い人は東京や大阪、福岡に向かいます。そうするとその人がどのような人であるかというのはわかりません。そこでその人の信頼を全国に支店があったりする企業(機関)が肩代わりするようになります。

インターネットが発展しそれが分散型になり、信頼の作られ方が変わっているというような話が、この本ではなされており、興味深いなぁと思いました(この辺は本を買わなくても筆者レイチェル・ボッツマンさんのTEDトークで話されている)。

中国では、インターネット前には共産党のコネがないと事業を発展させることが困難でした。しかし、アリババのジャック・マーは新しい技術であるネットでうまく信用を得て、事業を発展させることに成功しました。

一方で、機関は不正が明らかになり、信頼が失われるような動きもあります。本ではカトリックの幼児虐待、VWの燃費不正、パナマペーパーなどが挙げられています。その他にもエドワード・スノーデンの告発やジュリアン・アサンジウィキリークスもあります。昨今の日本でも不正は多く挙げられています。日産のカルロス・ゴーンの所得の過少申告、三菱自動車神戸製鋼などなど。例を挙げればきりがありません。

これらの不祥事の発覚もインターネットの発展が一役買っているのかもしれません。そしてそのインターネットが信頼の分散にも役立っています。

本では、Airbnbも信頼の分散の話題で取り上げられます。Airbnbは空いている部屋を貸し出すプラットフォームと有名であり、私も空き時間ビジネスって面白いなぁと思っていました。しかし確かに考えてみると、一歩間違えれば銃で打たれるかもしれない米国で、知らない人の家に泊まるようなビジネスって、その持ち主と宿泊する人の信頼がうまく作られないといけません。

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ちょうどレイチェル・ボッツマンさんのTEDトークを見終わったあと、偶々、AirbnbのCoFounderのJoe Gebbiaさんのトークが始まったので見ていました。

色々と面白い話があったのですが、ゲストが増えるために何を心がけているかという話で、サイトで信頼がうまく作られるデザインを考えているということが挙げられていました。

情報を提供するにも、情報の量が多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。それが理解しやすいようにデザインするために、解説を行えるコラムの大きさを設定するみたいな話でした。たしかに。それって重要ですね(今回のブログはちょっと長すぎな感じが。でもまだまだ続きます)。

ここでの話をまとめると
- 信頼は人々をリスクのあることに挑戦させる
- その信頼の形がテクノロジーの発展とともに変化している
- そのテクノロジーの最戦隊において、信頼が得られるためのデザインが考えられている。

なるほど。ではそれらのデザインのために重要なものとは何でしょうか?

Market Design

市場を創るにおいて重要なこととは?という本を以前読んだことがありました。それは面白かったのですが、ちょっと難しかったので、本棚において寝かせてありました。

市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える

市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える") (叢書“制度を考える”)

どうしてこの本を持っていたかっていうと、一つは市場って創るもんでもないなという認識があったからなんですね。というのも、経済学では市場ってのは需給が勝手に調整されて価格が成り立ちって感じで、市場最高って捉えられているところがあるのですね。まぁリバタリアンなんかもそんな感じなのだとは思うのですが。あと付け加えておくと、市場って多くの人たちが集まって需要と供給を合致させるということで、非中央集権化されたシステムってことも、一つ頭に入れておいてもらえれば良いかもしれません。

でも、市場でもうまく行っている市場と行っていない市場があります。最近の日本はうまく行っていない方に分類されると思います(デフレにより成長していない。このへんの話はまた今度)。また、うまく行っているように見えても、金融を中心とした経済は結局コケてしまった(2008年大金融恐慌(日本ではリーマンショックなんて呼ばれてますが、一般的にGreat Financial Crisisと呼ばれる))ってなアクシデントもあって、市場ってほうっておくだけでは駄目で、その中身もちょっとしっかりと作ったほうが良いのでないのみたいな流れがあり、そのへんを知ると、市場のデザインをどうすればよいかのヒントが得られるかもしれないという考えのもと、このあたりを調査することにしました。

マーケットデザインについて調べ始めると、まず新制度経済学というものがあったことがわかりました。これは市場がうまくいく、上手く行かないの差は制度であるとするもので、その制度にはフォーマルルール(立憲的なもの)とインフォーマルルール(昔から明文化されていないがあるルール)があるとされていました。それらのルールの組み合わせは複雑で、それ故、成功した国のルールを取り入れたからと言って、他の国でうまくそのルールがワークするかは分からないとのことでした。

この分野では亡くなられていますが、日本人の青木昌彦先生が有名だったようです。その他、ダグラス・ノースなんかも挙げられていました。そのへんの本は現在読んでいます。

面白いのは新制度経済学は計画経済の中国で盛んだったりする点です。青木先生は中国で有名だそうですが、中国の人にその考え方を伝えたというところが手伝ってのことのようです。日本語でこのあたりのことを調べると中国人の先生たちの論文が出てきたりするのは、なぜかなぁと思っていましたが、そういう訳のようです。逆に言うと、昨今の中国の成功は市場をうまく活用するような制度作りが生きているのかもしれません。

話を戻すと、マーケットデザインは市場の失敗や機能不全に陥った経済制度をどのように再設計したら良いのかという問題を解決することを目指しています。自由市場が適切に機能するためには何が必要かということを探し、市場をうまく設計してその機能を最大化させるそんな考え方です。

アルビン・ロス教授の「Who gets what」を読んだのですが、マーケットデザインははじめからうまくことはあまりなく、試行錯誤しながらその制度を設計しないといけないことが述べられていました。また、かなり細かいことまで調べる必要があるので、ドメインの知識は必須であるとのことでした。

最近流行りの機械学習なんかも、ドメイン知識はかなり必要だったりします。なんの分野でも専門知識が必要とされるのは、今後も変わらず、逆に知識ないのに松井道夫社長のいう「誠意」でやっている人なんかは仕事を失うんだろうなって気がしました。

また話がそれたので戻すと、マーケットデザインでは基本的にマッチングで、自分の好みだけでなく相手の好みも満たされる解が求められます。相互の影響が考慮されたものなので計算は難しいと思いますが、頑張ってやってみたいところではありますね。

市場というのはどういう場であるべきかということが述べられていて「秩序ある争いの場所」とされていました。それってどんな場所かというと、参加者が制度の裏を攻めなくてもよく、自分たちが求めているものを素直に表現出来る市場であるということです。また、制度の裏をかく人が多少存在しても市場が機能するように、参加者が安全かつ簡単に市場に参加できることが出来るということも挙げられていました。

また、市場の破壊の条件として財産の保証に関する人々の信頼を崩すということが書いていました。で、どういうことがうまい市場設計かってところですけど、取引費用が少ないというのが一つ挙げられており、なるほどなぁと思いました。

このあたりを読んでいて思うのが、仮想通貨の取引所やICOがまさしくどういう場であるべきかというのを満たしておらず、市場の破壊の条件を満たしてしまったということでした。

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イーサリアムはすごいゲームチェンジャーなプラットフォームなんですが、ICOで多くの案件が詐欺だったというのに、ICOの制度設計を見直さずいるというのも、市場を破壊しているんでないかなぁと思っています。また、ブロックチェーンを時前で持っていないと儲からないせいか、開発を続けているプラットフォームはイーサリアムから離れるものが多く、イーサリアムには結局投資家のお金を持ち逃げしたプロジェクトばかりが残っているのもイーサリアムにとっては不利かなんて思ったりしています。信頼を取り戻すには制度の見直しが急務かなと思うのですが、それが昨年なされなかったのはちょっと痛いのかなぁ。

日本の取引所もまぁ言わずもがなという感じですが、興味深いのは取引所に関わる人や、投資家にとって影響力が大きかった人が、流行っていた取引所が復活するだけで仮想通貨の取引が回復すると想定しているのは、なんだかいろんなことが考慮されなさすぎなんでないかなと思います。取引所の制度の見直しは必須でしょう。

ここでも話をまとめると
- 市場はうまくいくよう設計が必要。
- その目安は取引コストの抑制具合。

f:id:mazarimono:20190101172109p:plain という感じです。昔、街中でボールを取り合っていた迷惑極まりないスポーツが、ルールが整備されてアメフトやサッカー、ラグビーになったことをみると、制度の設計って大事やなーって思いますし、それが一番早くしなければならないことやんって気がします。

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Decentralization

非中央集権はよく使われる言葉ですが、難しいなぁと思う概念です。

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非中央集権と分散(distributed)どう違うのかとか、仮想通貨って、どっちかというと今のところは、分散のほうが正しいような感じがします。

非中央集権と分散の違いって表すのは難しいですね。大雑把に言うと一人の天才に率いられていても、機能ごとに責任者が別れていたら分散していると言えると思います。超巨大企業でも、サーバーの場所が分けられていたら分散。一方で、複数の企業が運用していると非中央集権的になるかと思います。

どちらのほうが運用コストがかからないかと言うような話がよく聞かれるんですけど、組織的には、小さい組織だと中央集権的な組織のほうがコストが少ないと考えられます。組織の運営をイメージすると複数の人に率いられてコンセンサスを作りながら進むより、一人の天才が方向性を決めてその方向に動くほうが早く動けます。一方で大きな組織だと、一人に情報を集めてその決断を行わないといけないので、その部門ごとに決断を行わないといけないので、コストはこちらのほうが高くなりそうです。

サステナビリティという面から見ると、中央集権的な組織は一人の天才がそれに対する興味を失う、もしくは死んでしまうなどのアクシデントがあると、組織や技術は継続が難しくなります。一方で、非中央集権的な組織だとその継続は可能です。

最近は伝統技術の継承などが問題になることもありますが、これは秘伝のタレ的に職人さんが隠していた技術が継承されず、失われてしまう。言ってしまえば中央集権的な問題だと思われます。

一方で、分散型組織は決定のコンセンサスが取れないと崩壊します。仮想通貨はうまいコンセンサスアルゴリズムが設定されていますが、ファイナリティがないようで、もし誰かはじめからブロックを隠している人がいたらどうなるかなって意見も聞かれます。

なんというか中途半端な結論ですが、どちらも良いところも悪いところもあるというのが、中央集権的な組織と非中央集権的な組織の見方となるでしょう。

それと注意したいところは、どちらの組織であれ、参加者があまり何も考えない、もしくは権力に偏りが生まれ、それが放置されると、きれいに作られたはずのアルゴリズムもうまく働かなくなります。そして運用コストは高くなります。

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例えば日本は資本主義の国なわけですが、民間企業の設定する携帯代金に政府が高すぎると苦情を述べているなんて現状があります。やすい代替プランが有るかというと、そうではなく格安スマホがあり、安い選択肢はあるわけですが、残念ながらそちらに移らず高いわ−高いわ−って言っている現状があります。普通、資本主義は安い代替が出てきたら、安い方が良いと考えている人は勝手に移って行くはずなわけですが、移らずに高いわ−高いわ−言い続けるってのはちょっと問題だったりするわけです。で、政府に泣きつくと。政府としては仕方がないので仲裁に入るわけですが、やはりその辺はコストがかかるわけです。しかし、高いわ−高いわ−いうてた人たちはコストは払いたくないみたいなところがあって、税金が高くなることに関してはなんでやねんみたいになると。

なんか関係のない感じの例を挙げてしまいましたので、また話を戻します。

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世の中の機能として、非中央集権的にするための仕組みって色々なところに組み込まれています。はじめに述べたように市場もそうです。これはやはり、中央集権的の悪い部分をこれまでの歴史から学んでのことだと思います。小学校で学んだ三権分立(行政、立法、司法)もそうですし、中央銀行の政府からの独立も権力を分散するための仕組みであると言えます。

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ブロックチェーンでも三権分立のような感じの仕組みになっています。マイナー、デベロッパー、ユーザーという三権が分けられているという感じです。しかし、ユーザー弱すぎやろってのと、マイナー強すぎやろってのがあります(私の偏見かもしれませんが)。

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もともと私の見解でもユーザーは役に立たんということで、何らかの監視組織が必要なんでないかなと思っていました。証券市場では証券取引所がそのような機能を果たしていることもあり、元々は仮想通貨の交換所がそのような機能を果たし、バランスが取られるのではないかと考えていました。取引できる通貨を選ぶようなことも交換所が行っていたため、監査的な機能を伸ばして行くと良い塩梅になるかと思ってたのです。

しかし、日本の交換所はお金にしか興味がなかったことがわかりはじめ、それはなかなか難しいことがわかり始めました。こうなると監視組織を作るみたいな流れになりそうですが、それはそれで問題があります。2008年の大金融恐慌の前に格付け機関というものがありました(たぶん今もありますが昔ほど取り上げられなくなったイメージ)。この機関は金融機関等から格付けフィーをもらっていたのですが、結局、フィーをもらっていた金融機関等に有利な格付けを出し、危険な商品が投資家に多く販売され、それが炸裂したという前例があります。そのため、独り立ちできる収入源のない監視組織ってのは全然意味がないものになるってのは明白であり、そのあたりをどうするかってのは取引所を再デザインするしか方法はないのかなぁとも思いますが、どうでしょうか。

透明性をみたいな話にもなるかと思うのですが、米国の格付会社は上場しており、仮想通貨の交換所よりはかなり透明性があったのですが、こんな事になりました。ま、その透明性を作るためになんてことも考えるべきタイミングであるのかもしれません。

現時点のまとめ

さて長々と書いてきたこれもそろそろおしまいです。

話が結構散らばっていて、わかりにくいですが、現時点ではまぁまとまりないけど、もう少し調査が進むとまとまった意見が作れそうな感じがします。

最後ですが、今回言いたかったことを最後にまとめておきたいと思います。

  • 制度設計は重要 / 放っておいてうまくいくことはない。うまくいくように、手直しすることも重要。
  • 巨人の肩に立つ / 経済学分野でもブロックチェーンの設計に役立つことが考えられており、それを活用しない手はないだろう。勿論方分野、社会学分野も活用できそう。
  • 興味深い分野である / 先にも述べたように、経済学・法学・社会学・それにテクノロジー分野が入り組んだ場所であり、うまくワークさせるために沢山の人が意見を出して組み立てられる分野である。多くのことが応用できる場所である。