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いつからはじめても遅くない

Post 真実

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2016年、Brexitトランプ大統領の当選があった。そしてその年を表す言葉にPost Truthが選ばれた。

Post ○○は今一つ意味が分かりにくい言葉ではある。Postは何かの後みたいなことを意味する。ということは、Post Truthは真実の後のというようにとらえられる言葉のようだ。

最近読んだ本でマルクスガブリエルがMore Truthという言葉で、その様を表していた。たくさんの真実が存在するということだ。そこから新実在論の話になるが、その話はまたそのうち。

勿論真実は一つなわけだが、今はその人の立場や思想によって真実が存在するようになってしまっている。

トランプ大統領が当選した選挙では、facebookの情報が悪用された。悪用していた会社はケンブリッジアナリティカという会社で、今年倒産したようだ。その会社のお偉方には、トランプ大統領参謀的存在だったスティーブバノンがいた。その会社がfacebookの情報を悪用して、トランプ大統領が当選するための運動を行い、トランプ大統領が当選した。そして情報が悪用されたfacebookは責められている。

なんか海の向こうは凄いなぁという感を受けていると、海の向こうから問題先進国の日本はここでもトップを独走しているということを聞いた。

しかし確かに、よく考えてみると私が生まれてからの日本は真実がたくさん存在する国といって間違いない。そして歴史修正主義的なことも当たり前に言われるし、真実を求めると紙がシュレッダーにかけられ(今はハードディスクがミンチにされているのかもしれないが)、真実はなくされる。そこに存在するのは確かにMore Truthな世界である。

たくさんの真実があるというのは、フェイクニュースな世界である。真実でない世界が危ういのは、それが大っぴらになってしまうと世界が崩壊してしまうので、それの辻褄をあわせるために、嘘が塗り重ねられてしまってその先の道が細くなってしまうからな気がする。

危うい世界が続いた先に待っているのはなんてあるかというのが興味深くなり、最近本を読んでいる。面白いものが多い。

真実の終わり

真実の終わり